侵害性調査における考え方①
特許調査における「侵害性調査」
“調査における侵害”を読み解くための入門書
“特許調査初級” “知財知識中級”
はじめに(特許調査における「侵害」とは何か)
ここでの説明は、裁判で争う「法的な侵害」そのものを論じるものではありません。ここで扱うのは、特許調査の現場で日常的に行われる「侵害性調査」における“侵害”です。すなわち、『依頼者と合意して文章化した構成(調査対象)を実施した場合に、他社の特許権(請求項)に抵触し得るか』を、調査の観点から可視化する作業を指します。結論は「白黒」ではなく、意思決定のための「リスクの濃淡」を整えることにあります。
では、なぜ「調査における侵害」という言い方が必要なのでしょうか。理由は単純です。
- 「製品は“モノ”である。」モノは材料、形状、寸法、動き、温度条件、制御、使用環境など、無数の属性を持ちます。
- 「特許は“思想(文章)”である。」特許が保護するのは、請求項に書かれた文章(構成要件)で表現される技術的思想です。
この両者の間には、埋められないギャップがあります。モノを文章に変換して対比しようとしても、モノのすべての可能性を文章で表現し尽くすことはできません。だからこそ、侵害性調査は「製品(モノ)そのものを全部特定して調べる」のではなく、「依頼者と合意した“特定の構成”を文章化して、それが開示された資料を探し、最後に製品(イ号)と対比する」という二段階の作法を取ります。
もう少し説明しますと、法律上の侵害と調査における侵害は、見ている対象が異なります。法律上は、対象製品・対象方法、つまり「イ号」を請求項と対比します。一方、調査では、最初からイ号の全構成を相手にするのではなく、まず依頼者と合意した「観点」を対象にします。ここを混同すると、一次スクリーニングで不要資料を落とせず、すべてが「関係ありそう」に見えてしまいます。
| 区分 | 主役 | 目的 | 判断の性質 |
|---|---|---|---|
| 法律上の侵害検討 | イ号(対象製品・対象方法) | 請求項の技術的範囲に属するかを検討する | 最終的な法的評価に近い。文言侵害、均等論、間接侵害などを検討する。 |
| 調査における侵害性調査 | 観点(文章化した調査対象) | リスク文献を絞り込み、意思決定に必要な材料を整える | 白黒の断定ではなく、リスクの濃淡、要追加確認、回避可能性を整理する。 |
ですので、法的侵害と侵害性調査の関係は、以下に集約されると考えてください。
調査の入口では「イ号そのもの」ではなく「観点」を扱います。調査の出口では、抽出された請求項とイ号を対比します。つまり、侵害性調査における入口は観点、出口はイ号です。
これから記載していく特許調査における「侵害性調査」の内容は、
『初心者が最も悩むポイント 「この特許、不要と判断していいのか?」 』
に対して、迷いを減らし、判断に再現性を持たせることができるように考え方を整理していくためのマニュアルになります。「調査観点(文章化された調査対象)を作り、一次スクリーニングと二次判断を切り分ける。」たったそれだけで、不要判断の恐怖は劇的に下がります。 本資料では、観点の作り方、一次スクリーニングの切り方、二次のイ号対比、成果物テンプレートまでをつなげて説明します。
第1章 製品と文章 なぜ「観点」が必要になるのか
たとえば「ボールペン」を調査対象にする場面を想像してみてください。
ボールペンというモノを、あらゆる観点から完全に特定しようとするとどうなるでしょう。
- ボディ材質(樹脂、金属、複合)
- クリップの形状と取り付け
- ノック機構の構成(バネ、カム、ラチェット)
- インクの種類(油性、水性、ゲル)、粘度、溶媒
- 先端チップの材質、ボール径、保持構造
- リフィルの構造、気泡対策、逆流防止
- 書き味や掠れの条件、温度依存性
・・・無限に増えます。そして、『全部特定することは現実的に不可能』です。
ここで多くの初心者が、無意識に“全探索”に踏み込みます。「製品を調べるのだから・・、製品の全部を考えなければ・・」と。 それは、不可能です。100%の侵害回避はありえません。
現実的な侵害性の調査開始時は、アバウトに「製品と同じ構成が権利化された権利があったら困る」という「製品」単位ではなく「要素」単位であると考えましょう。そうすると「侵害性調査の実務」は考え方が変更され「要素の記載を調べましょう」「製品の○○を調べよう」となります。
- 調査に必要な範囲だけを文章化する
- その文章(観点)が開示された文献を探す
- 最後に、抽出した文献とイ号(製品/仕様)を対比する
つまり、侵害性調査の最初に行うべき仕事は、検索式の作り込みでも、公報を読むことでもなく、 “調査対象を文章で定義すること”なのです。これが「観点」です。
※「そのような考え方だったらいくら調査しても侵害のリスクが残るのでは」と思われるかもしれませんが、上述のように100%の調査は現時点では不可能なのです。少なくとも「○○の構成を実施しても侵害にならないか?」と考え方を変えましょう。どれだけ大企業であっても、常に侵害リスクは存在しているのです。侵害のリスクをもう少し下げる手段としては『出願する』です。ここでは、侵害性調査の話なので出願の活用には触れません。
観点がなければ基準が明確でないため、閲覧時に取捨選択の判断ができません。すると、次の三つの悲劇が起こります。
- 抽出が膨大になる(ノイズ地獄)
- 製品で一次スクリーニングを判断してしまい、ほとんどが「要」資料に見える(判断不能)
- “不明構成”が気になって手が止まる(不明の概念の誤用)
このような状況を感じているのなら、あなたは「製品(技術)を調査」してしまっていて「特許侵害調査」をしていないことになります。
サン・グループ 東京オフィス
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